研究代表者あいさつ

今 なぜRESPECT研究をなすべきなのか

"2010年7月17日 RESPECT Study KICK-OFF MEETINGから"

研究代表  島田 和幸



 おはようございます。自治医科大学の島田でございます。今日は朝早くから,しかも三連休の初めに,ここシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルで皆様とお会いすることになりまして,誠にありがとうございます。

   Studyは, 5,000人の脳卒中既往の高血圧患者さんを対象とする,大変大きな臨床研究です。皆さまが,この研究の意義を非常に大きく認めてくださり,ここに,約300名の専門医のご参画をいただいたものと思います。今日は,その研究の概要やその背景などについて,ご討議をお願い致したく,何とぞよろしくお願い申し上げます。

   それでは,脳卒中患者の血圧と再発という観点からお話しをしてみたいと思います。
1946年の"Textbook of Medicine"には,血圧が上昇しているということは自然の代償反応ではないか。すなわち,血流障害のある心臓や脳や腎臓に血液の循環を保持するために,血圧が上昇するのではないか。だから,『血圧はそんなに触るべきものではないのかもしれない』ということが述べられています。

  久山町研究の結果のように,特に脳梗塞の中でもアテローム血栓性などの動脈硬化が進行した脳梗塞では,血圧を下げるということは却って脳梗塞を悪化させるのではないか(Jカーブ理論)という概念を追認する成績も幾つかあります1)

   逆のデータもたくさんあり,治療中の血圧とイベントの関係は,きれいな直線関係にある(収縮期血圧と脳卒中イベント CASE-J)。すなわちJ点は,通常の血圧 130mmHg未満といったところにはないのだとの考えです2)
さらに脳卒中患者の再発率を研究したPROGRESSでも,脳卒中(虚血性あるいは出血性)の再発は,いずれも血圧が 120mmHgを下回るような治療期の血圧のところでは,最も再発が少ないということがいわれています3)

   なぜ血圧を下げたらいけないのかというと,いわゆる自動調節能の下限を切ってしまうことになるのではないか, 特に 高血圧症や脳卒中の患者さんでは,この下限が上方に移動しているということが考えられます。しかし,これは急性期の血圧と血流関係を見た場合に言えることです。

   一方,徐々に血圧を降下させた場合の血流と血圧の関係を見ると,血圧の下限域は下がっているわけです。従って,急性期の減少が,そのまま慢性期にも移行してみられるということはないのではないでしょうか。

   実際PROGRESS以後,それまでの考え方からより一歩踏み込んだ方向の140/90mmHg未満に,あるいはESH 2007では,さらに130/80mmHg未満という脳卒中患者の降圧目標設定ポイントが設けられました4)

   反対に,いわゆる血圧を下げ過ぎると脳卒中の発作が起こるということは,頸動脈狭窄症を有する患者さんの臨床試験結果のメタ解析において認められています。すなわち,血圧値と再発率を見たとき,両側の高度狭窄があると, 140mmHgのほうが 160mmHgよりも逆に少し再発が多かった(ECST,NASCET)。 しかし,このような現象は確かにあるのだとしても,その比率は,欧米の脳卒中の集団でも数%,片側だけを含めてもせいぜい十数%です。従って,大半の脳卒中既往患者さんは,血圧はやはり下げたほうがいいということを示唆するようなデータなわけです5)

   最近のもう1つの論点は,いわゆる血圧のばらつきです。血圧の長期変動性が大きい,あるいは,突発性の血圧上昇の場合には,脳卒中の再発リスクとなるということです。(UK-TIA trial)6)
冠動脈疾患の患者さんの治療期の拡張期血圧を見てみますと,心筋梗塞ではJカーブ減少を示しますが,脳卒中の発作は,やはり血圧の高い人ほど発症しやすい(INVEST)7)
また,糖尿病合併の高血圧患者さんに対して,標準治療群は140mmHg未満を,厳格治療群は 120mmHg未満を目指して降圧治療を行った結果,厳格治療群では119/64mmHgの血圧値が達成されています。この時,血圧を120mmHg未満に管理したほうが糖尿病の患者さんでは脳卒中の発作は少なかった(ACCORD BP)8)

   従って,脳はどうも乏血に強い。虚血の閾値が,すなわち虚血に耐える部分が非常に大きいという特徴があり,心臓にはむしろこのような機転はないわけです。逆に脳の場合は,細動脈硬化,中膜の筋細胞壊死,血管壊死?>細小動脈瘤のために,非常に抵抗血管での高血圧といいますか,血圧の上昇には脆いというような性質を脳血管自身が持っているわけです。
   したがって,脳血管障害では,低灌流圧には抵抗性を示すが,血圧に対する感受性は高い。臨床的に見ても,脳卒中発症と血圧の関係はJカーブではなくて,直線的である場合が多いというわけです9)

   様々なデータを見ていますと, 脳卒中の再発予防には,血圧を120/80mmHg未満にすると,より効果的との考えもあります。しかし,臨床的には,虚血症状が出現する可能性があるのに血圧をより下げることは好ましくないとの見方もあり,非常に controversialな領域であるということがいえます。

   今までにどのような,脳卒中の発作を予防するための目標血圧値に関する研究があるかといいますと,そんなには多くないのです。
主なものは,1990年代のHOTそれからUKPDS(これは糖尿病です)。最近では,ACCORD BP,これも糖尿病ですけれども,UKPDSだけは 厳格治療がよかったということですけれども,今となってはこれは標準治療 なわけです。
  一方,日本で行われた高齢者の高血圧患者における脳卒中の予防に関する研究,JATOS,VALISHでは,脳卒中の初発率と血圧値の高低との間に差はありませんでした。

   そこで,このような背景のもとに,脳卒中患者さんにおいては,果たして目標血圧はどのぐらいがいいのかということを企画立案したわけでございます。

あいさつimg

引用文献

1 ) Stroke 1993;24:1844
2 ) Hypertens Res 2009;32:248
3 ) J Hypertens 2006;24:1201
4 ) メディカルトリビューン 2002;35:27より改訂
5 ) Stroke 2003;34:2583
6 ) Lancet 2010;375:895
7 ) Ann Intern Med 2006;144:884
8 ) NEJM 2010;10:1056
9 ) Brain Medical 1996;8:329